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浦和地方裁判所 平成4年(ワ)934号 判決

主文

一  被告は、原告に対し、金三二一四万一二五〇円及びこれに対する平成四年八月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の各負担とする。

理由

一  当事者及び本件の経緯について

1  当事者

《証拠略》によれば、原告が、ホテル用建物の建築売買等を目的とする会社であることが認められ、被告が、建築基準法四条一項の規定による確認に関する事務をつかさどるため、建築主事をおいている地方公共団体であることは、当事者間に争いがない。

2  原告とフィオルッチとの関係

《証拠略》によれば、原告は、そのホテル用建物を建築して販売する事業に際しては、まずこれに関する権利の帰属主体となるべき会社を原告の全額出資で設立し、用地取得から建築工事までの一切を原告の費用負担で行つて、取得した権利、財産等はすべて新会社に帰属させ、何ら費用債務等の負担のない新会社の株式ないし持分の全部譲渡という形で第三者に売却するという方式(法人売買方式)をとつていたこと、原告は、右方式より本件ホテルの建築、販売事業を進めるために、昭和六一年九月一一日、実質的には原告の全額出資による右新会社として、フィオルッチを設立したことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

したがつて、フィオルッチが独立した法人である以上、右のような関係があるからといつて、フィオルッチ名義で行われた行政上の申請行為等につき、フィオルッチは単なる名義人であり、その実質的行為者は原告であるとか、その効果が直ちに原告に帰属するとかいうことはできないとしても、フィオルッチに対する違法行為は、右のような両者のような関係、特に、債務、費用負担はすべて原告が負う関係を通じて、直ちに原告の損害に直結する関係にあるということができる。

3  本件申請書をめぐる経緯

次の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

(1) 昭和六一年一一月二〇日、被告市長に対し、本件ホテルの建築に関し、フィオルッチ名義で本件条例に基づく旅館建築同意申請書が提出された。

(2) 昭和六二年九月一七日、被告市長は、右申請に対して不同意処分をした。

(3) 同年一〇月三日、被告建築主事に対し、本件申請書が郵送で提出された。

(4) 昭和六三年三月三日、フィオルッチは、浦和地方裁判所に被告市長を被告として、前記不同意処分取消請求訴訟を提起した。

(5) 同月九日、フィオルッチは、浦和地方裁判所に、被告建築主事(勝谷主事)を被告として、本件申請書の処理に関する不作為違法確認請求訴訟を提起した。

(6) 平成元年一一月八日、被告建築主事(同年四月に勝谷主事の事務を引き継いだ冨山主事)は、本件申請書につき不受理処分をし、同月二一日にフィオルッチにその通知をした。

(7) 同年一二月七日、フィオルッチ名義で、大宮市建築審査会に対し、不受理処分取消しを求める審査請求がされた。

(8) 平成二年七月六日、右審査会は、右審査請求を認容する裁決をした。

(9) 同月一九日、フィオルッチ名義で、本件ホテル建築に関する確認申請書が再度提出され、被告建築主事により受理された。

(10) 同年九月二九日、被告建築主事は、右確認申請に対し、建築確認処分をした。

(11) 平成三年九月三日、前記各訴訟の訴えが取り下げられた。

二  建築主事の行為の違法性の有無について

1  右一3で判示したところからすると、勝谷主事及びその事務を引き継いだ冨山主事は、本件申請書が提出されているのに、昭和六二年一〇月から平成元年一一月までの二年一か月余りも受理、不受理を決することもないまま、放置していたことになり(本件放置行為)、また、冨山主事が平成元年一一月八日に本件申請書不受理処分(本件不受理処分)をしたことも前判示のとおりである。そこで、本件放置行為及び本件不受理処分の違法性の有無につき、検討する。

2  建築主事は、建築確認申請書が提出された場合、当該確認申請が建築基準法六条八項にいう建設省令(同法施行規則)の定める様式を具備しているか否か及び同条二項が要求する要件を具備しているか否かについての形式的審査をなし、これらを具備したものについては申請者に同条六項所定の手数料を納付させたうえ、これを受理すべきものであり、この点につき建築主事に裁量の余地はない。したがつて、右のような様式、要件を具備した建築確認申請書が提出されているのに、これを不受理とすることは許されず、まして、その受理、不受理も決しないまま放置することは決して許されないのである。

3  そして、本件条例施行規則二条四項は、旅館業を目的とする建造物の建築確認申請に当たり、同条例による被告市長の建築同意書の添付を要するものとし、また、同規則二条五項は、確認申請書にその同意書の添付がないときは、申請書を受理できないと定めているが、右のような規定は、建築基準法上の委任に基づくものではないのであつて、前記のとおりの建築確認申請所定の様式、要件を具備した申請書が提出されている以上、建築基準法に従い、裁量の余地なしにこれを受理すべき立場にある建築主事が、右同意書添付がないことを理由にこれを不受理とし、あるいは、受理、不受理も決しないままに申請書を放置することは、建築基準法に違反する違法な行為であるといわざるを得ない。すなわち、旅館業を目的とする建造物についての建築同意制度が、他の行政目的からして、たとえ必要、有益なものであつたとしても、その同意書添付を建築基準法により要件が定められて裁量の余地がない建築確認申請書の受理にかかわらせることは許されないのである。

4  そして、《証拠略》によれば、本件放置行為、本件不受理処分は、もつぱら本件条例による建築同意書が添付されていないことを理由とするものであつて、本件確認申請書に、建築基準法所定の前記様式、要件に欠けるところはなかつたことが認められるから、勝谷主事、冨山主事のした本件放置行為、冨山主事のした本件不受理処分は、建築基準法に反する違法なものといいうべきである。

5  もつとも、行政目的達成のため、行政指導として、提出された確認申請書について受理、不受理の処分を留保することも考えられないわけではないが、申請書の処分を留保される不利益はもつぱら申請者が負担することを考えると、申請者が明確に指導に従わないと表明している場合において、二年一か月の期間、申請書の受理を留保するのは、行政指導としても相当な範囲を大きく逸脱するものであつて、本件放置行為は、全体として違法であるといわざるを得ないのである。

三  建築主事の過失の有無について

1  《証拠略》によれば、本件申請書の提出後、原告側は、建築主事に対し、本件条例に基づく同意書の添付はないが、建築基準法には適合した申請書である以上、受理してほしいと申し入れたことが認められ、しかも、本件放置行為が開始されて五か月が経過した後の昭和六三年三月九日には前記不作為違法確認請求訴訟を提起したことは、前判示のとおりである。

2  そして、前記二の2で判示したとおりの建築確認申請書の受理に関する建築基準法の法的解釈については、市販の建築基準法解説書等にも示されている見解であつて、異説は殆ど見られないところであるから、たとえ、勝谷、冨山主事が、これと異なる見解を持つていたとしても、原告側の主張に耳を傾け、一般的な法解釈を調査すれば本件放置行為、本件不受理処分が違法であることを容易に認識することができたはずであり、勝谷主事、冨山主事は違法な放置行為をしたことにつき、冨山主事は違法な不受理処分をしたことにつき、それぞれ過失があるということができる。

3  これに対し勝谷、冨山両主事は、本条例の施行された昭和四五年から昭和六三年に至る間に建築確認申請は約五〇件あつたが、どれも同意書を添付しているか、あるいは、申請者が申請を取り下げており、本件条例が問題になることはなかつたと証言しているが、右は、単に今まで建築基準法に反するとの指摘がなかつたというにとどまり、これをもつて建築基準法違反であると認識することができなかつたことがやむを得ない事情とみる余地はない。なお、被告は、被告(大宮市)の公務員である建築主事には、本件条例、本件規則に従う義務があり、その違法性を独自には判断することができない立場にあつたことをもつて、本件条例、本件規則の規定を理由とした本件放置行為、本件不受理処分が違法だつたとしても、建築主事に過失があつたとはいえないかのごとき主張をする。しかし、建築主事は、本件条例、本件規則に従つたことによる違法行為につき懲戒される余地はないとはいえても、建築確認事務については固有の権限を法令に従つて行使すべき立場にあるのだから、当然に過失がないということはできないのであり、本件は、前判示のとおり法解釈が分かれている問題に一方の見解をとり、結果的に違法評価を与えられたような場合でないのであつて、勝谷主事、冨山主事には過失があつたものと判断せざるを得ないのである。

四  被告の責任について

勝谷主事、冨山主事が、建築確認に関する事務という公権力の行使に当たる被告の公務員であることは、当事者間に争いがないから、右両主事の違法な本件放置行為、冨山主事の違法な本件不受理処分により被つた損害につき、被告は、国家賠償法一条一項に基づき損害賠償をすべき責任があるというべきである。

五  原告の被つた損害について

原告は、行政行為上、本件放置行為、本件不受理処分の直接の相手方とはいえないとしても、その相手方であるフィオルッチとは、前判示のとおりに密接な関係があり、フィオルッチ名義で行つた分を含め、本件ホテルの建築、販売計画に基づく、債務費用負担はすべて原告が負う立場にあつたのであるから、原告は、違法な本件放置行為、本件不受理処分により、次の損害を被つたということができる。

1  設計委託料相当の損害

二九一四万一二五〇円

(一)  前判示のとおりフィオルッチ名義で昭和六二年一〇月三日に提出した本件申請書は、受理、不受理も決められないまま二年一か月も放置された挙げ句、平成元年一一月八日に不受理処分とされたのであり、平成二年七月六日にやつと、大宮市建築審査会に右不受理処分取消請求が認容されたのであるが、《証拠略》によれば、次の各事実が認められる。

(1) 原告は、昭和六二年三月三一日に、田中有雄との間で、本件ホテルについての売買契約を締結したが、本件放置行為のため建築に着手することもできない状況が続いたので平成元年九月六日ころには、手付金一六〇〇万余を返還して、右契約を合意解除した。

(2) そして、昭和六二年から平成二年までの間に、建物の建築費は一般にも五〇パーセントを超える高騰をし、本件ホテルの建築費も、昭和六二年一〇月ころは坪単価一三七万円と見積もられていたのが、平成二年七月には坪単価二三八万円と、七〇パーセント以上の費用増加が見積もられるに至つた。

(3) さらに、原告は、本件ホテル用地の取得及びホテル建築費用のために、昭和六二年一〇月から平成二年四月までの間、常時、二億七〇〇〇万円ないし三億円の借入れをし、年七・二パーセントの割合による利息の支払を継続していた。

(4) 原告は、右のように売買契約は解除になり、その後ホテル建築費が著しく高騰したため計画をそのまま推進しても採算が合わなくなり、さらに、年間二〇〇〇万円近くにもなる借入金利の負担にも耐えがたくなつたことから、本件不受理処分後半年以上経過した平成二年六月ころには、本件ホテルの建築、販売計画を断念せざるを得なくなつた。

(二)  右認定の事実からすると、原告は、本件放置行為、本件不受理処分のために、建築に着手することができず、結局、本件ホテル建築、販売計画を断念したものということができ、原告が右計画断念により被つた損害は、本件放置行為、本件不受理処分と相当因果関係があるということができる。

なお、被告は、前記裁決後の平成二年七月一九日にフィオルッチ名義で本件ホテルの確認申請書が再度提出されたこと、その後、原告が、本件ホテル用地付近の下水道工事を行つたことを根拠に、原告が、計画を断念したのはその後のことであり、したがつて、本件放置行為、本件不受理処分とは無関係な事情によるものである、と主張するが、原告代表者の供述によれば、本件ホテルの確認申請書の再提出は、本件不受理処分の取消裁決を受けて、一連の手続に決着をつけるためであり、また、下水道工事は本件ホテル用地を他の用途に当てるためにも必要なものであるから施工したものであることが認められるから、右各事実を捉えて、原告が、本件ホテル計画を断念したのは本件放置行為、本件不受理処分とは無関係な原告側の事情によるものではないかと疑う余地はない。

(三)  当事者に争いのない事実及び《証拠略》によれば、次の各事実が認められる。

(1) 原告は、田中有雄から設計、監理についての委託を受け、その委託に基づいて、原告はアイブイ社と本件業務委託契約を締結した。その業務委託業務の内容は、(1)企画、立案、基本設計図書の作成、(2)旅館営業許可を前提とする事前協議結果通知書取得に関する図書の作成、(3)近隣説明の立会い、(4)建築確認申請図書の作成並びに所轄官庁に対する折衝、(5)実施設計図書(意匠、構造、設備)の作成、(6)積算調整、(7)ホテルに関する総括監理業務、(8)家具、設備、照明器具のデザイン、(9)ディスプレイのデザイン、(10)ライティングのデザイン、(11)施工図等の検査、(12)工事の指導、(13)建築指導課の検査立会い及び出願図書の作成、(14)消防関係の検査立会い及び出願図書の作成、(15)旅館営業許可の検査立会い及び出願図書の作成、(16)食品衛生法許可の検査立会い及び出願図書の作成というものであり(監理とは、(11)から(16)の行為をいう。)、報酬金額は、金三〇六七万五〇〇〇円である。

(2) 本件業務委託の契約書の解約に関する条項(一一条)には、実施設計着手後は報酬総額に対する五〇パーセント、実施設計完了時迄は報酬総額に対する九五パーセント、監理業務着手後は報酬額の全額を払う旨の記載があり、アイブイ社は本件ホテルの設計図面を完成させたが、本件ホテルの着工には至らず、原告は平成二年六月三〇日に本件業務委託契約を解約し、アイブイ社に解約料として報酬の全額である金三〇六七万五〇〇〇円を支払つた。

(3) アイブイ社は、前記の業務委託内容の(1)から(10)までを完全に終了した。

(四)  右(三)認定の事実からすると、原告は、本件ホテル建築、販売計画のために、アイブイ社との間に本件業務委託契約を締結して、同社にその業務を遂行させて、前記報酬を支払つたものの、前判示の事情でその計画は断念されたのであるから、右支払報酬はすべて無駄となつたというべきであり、その支払額相当の損害を被つたということができる。

ただ、右(三)認定の事実からすると、本件業務委託契約の解約条項に従えば、アイブイ社の行つた実施設計完了時までの報酬として、報酬総額の九五パーセントの金二九一四万一二五〇円を支払えば足りた場合であるとみるべきであり、原告があえてその全額を払つたとしても、本件放置行為、本件不受理処分と相当因果関係のある損害は右二九一四万一二五〇円の限度であるといわざるを得ない。

(五)  これに対し、被告は、フィオルッチは、自ら本件ホテル等の取得費用を負担しないこと、アイブイ社は、本件申請書の提出をしていないこと、原告、アイブイ社、フィオルッチは、いわゆる同族会社であることを主張し、原告とアイブイ社との間で本件業務委託契約はなかつたと主張するが、かかる事実が認定されたからといつて、これにより原告とアイブイ社との間で本件業務委託契約が締結されたとの認定を左右するに足りるものではない。

2  弁護士費用 三〇〇万円

(一)  《証拠略》によれば、原告は、フィオルッチの提起した前記不作為違法確認請求訴訟及び前記審査請求を伊東真弁護士に委任して、その報酬として二〇〇万円を支払つたことが認められる。なお、原告は、それに関して、他に松本和秀弁護士に五〇万円の報酬を支払つた、伊東弁護士にも一万三〇六〇円の費用を支払つたと主張するが、《証拠略》によれば、松本弁護士への支払五〇万円は、大宮市長の本件条例についての不同意処分に対する異議申立てに関するものであり、伊東弁護士に対する支払一万三〇六〇円は、前記不作為違法確認請求訴訟の貼用印紙代及び予納郵券代であることが認められるのであつて、これらを本件で損害賠償の対象としうる損害とみる余地はない。

(二)  そして、原告が、本件訴訟の提起、追行を、原告訴訟代理人(伊東真弁護士、根木純子弁護士)に委任したことは、訴訟上明らかである。

(三)  そして、原告が負担し又は負担すべき前記不作為違法確認請求訴訟、前記審査請求及び本件訴訟の各弁護士費用は、一定の範囲内で本件放置行為、本件不受理処分と因果関係のある損害とみるべきところ、前判示の諸般の事情を考慮するときは、これらと相当因果関係を認めるべき弁護士費用は三〇〇万円をもつて相当とするというべきである。

六  抗弁(時効消滅)の成否について

被告は、原告が前記不作為違法確認請求を訴訟提起した昭和六三年三月九日には、原告は損害の発生及び加害者を知つたといえるとして、同日から三年を経過したころにより、本件損害賠償請求権は消滅したと主張する。

しかし、まず平成元年一一月二一日に通知された本件不受理処分について、右主張を採用する余地はない。また、本件放置行為は、継続的不法行為であり、被告の主張どおり昭和六三年三月九日に損害の発生及び加害者を知つたといえるとしても、同日以降も違法行為自体が継続しているのであるから、その継続する違法行為による損害については、被告の主張は当たらないことが明らかである。そして、原告が本件で請求し、前判示のとおり認容すべき損害は、いずれも時の経過、累積により一挙に発生したものとみるべきものであり、本件放置行為のうち、本件訴訟提起時(平成四年七月一六日)から三年より前の部分だけにより発生したと評価することはできないのであつてみれば、原告が昭和六三年三月九日には損害の発生及び加害者を知つたとの被告の主張を前提としても、結局は、すべての右損害につき、本件放置行為のうち本件訴訟提起前三年以内の部分及び本件不受理処分によるものと評価しうるのであつて、右損害についての損害賠償の時効消滅を認めることはできないというべきである。

七  結論

よつて、原告の本訴請求は、被告に対し、損害賠償金三二一四万一二五〇円及びこれに対する不法行為後(本件訴状送達日の翌日)である平成四年八月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を適用し、仮執行宣言の申立てについてはその必要がないものと認めこれを却下して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林克已 裁判官 齊木利夫 裁判官 瀬川裕香子)

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